総合的な探究の時間に取り組むとき、「課題設定が難しい」「生徒がテーマをうまく決められない」といった悩みが聞かれます。その根本には、「どのように問うか」という探究の出発点の設計が十分に共有されていないことがあります。
学習指導要領は、総探の目標を「実社会や自らの在り方生き方と関わらせながら課題を見いだし、解決に向けて主体的に探究すること」と定めています。つまり、生徒が自分で問いを立てる力を育むことこそが、この時間の核心です。
一方で、問いは最初から完成されたものを求める必要はありません。暫定的な問いから始め、情報収集や分析を通じて問いを往還的に洗練していくことが求められます。大切なのは、「テーマを与える」ことではなく、「問いを育てる」文化を校内に根付かせることです。
探究主任や教務主任にとっては、この「問いの質」をどう育成・評価するかを共有し、校内体制として実装することが鍵になります。本稿では、学習指導要領の条文と最新の解説資料を手掛かりに、問いの生成から評価、校内運営までの実務設計を整理します。
学習指導要領が示す「問い」の位置づけ
学習指導要領解説は、総合的な探究の時間を「実社会や自らの在り方生き方に関わる課題を見いだし、解決に向けて主体的に探究すること」を通じて三つの柱を育む場としています。その中で「問いを立てること」は、単なる活動の入口ではなく、学習全体を駆動するエンジンとして位置づけられています。
特に「思考力・判断力・表現力等」を育成する観点では、課題設定が不十分だと以後の収集・分析・表現の活動が形骸化します。つまり、問いの質が探究の深まりと直結しており、問いなくして「主体的・対話的で深い学び」は成立しません。
一方で、現場では「テーマを決めること」と「問いを立てること」が混同されやすい傾向があります。たとえば「環境問題を調べたい」という表現はテーマであって問いではありません。「なぜ自分の地域ではリサイクル率が低いのか」という具体的な疑問になって初めて、課題設定として探究活動を駆動させる力を持ちます。
このように、学習指導要領が求めるのは「実社会と自己の関わりから課題を見いだす」ことです。つまり、生徒一人ひとりが自分事として問いを抱え、その問いを出発点に探究のプロセスを歩み始めることが、制度的にもカリキュラム上も明確に意義づけられているのです。
「良い問い」
探究活動の出発点となる問いは、「面白いから」や「流行しているから」といった基準では十分ではありません。生徒が自律的に学びを深め、成果を社会に還元できるような問いには、一定の条件があります。ここでは、第一原理思考の観点から「良い問い」を定義します。
1. 良い問いの4要素
良い問いは、以下の4つの要素を満たすと実践的に機能します。
- 現象(事実):実社会や生活の具体的な出来事に基づいている。
- 視点(見方・考え方):学問的な観点や複数の立場から切り込んでいる。
- 価値(自己との関係):生徒自身の関心・生き方・キャリアとつながっている。
- 行為(検証可能性):調査・分析によって答えを探れる形に表現されている。
この4要素を組み合わせることで、問いは「ただの疑問」から「リサーチクエスチョン」としての機能を持ち、学習活動を駆動します。
2. 検証可能性を基準とする
生徒が立てた問いは、最初は漠然としていても構いません。しかし、その問いが調査やデータ分析を通して検証可能かどうかが、実践上の分かれ目です。例えば「日本の教育は大丈夫か?」という問いは大きすぎて検証不可能ですが、「なぜ自分の地域の学校ではICT活用が進んでいないのか」という問いであれば、実際に調査し、データを集め、分析を行うことが可能です。
3. 往還的に問いを洗練する
問いは一度決めたら終わりではなく、探究の過程の中で「問い直し」が前提となります。情報収集や分析を進める中で、新たな事実に触れ、問いを再定義することで精度が高まります。教師は「最初の問いが完璧でなくてよい」ことを生徒に伝え、問いの質が往還的に向上するプロセス自体を評価に組み込む必要があります。
このように、良い問いとは「現象・視点・価値・行為」の4要素を備え、かつ探究のプロセスの中で洗練されていくものです。生徒が「問いを問う力」を育むことが、総合的な探究の時間の成果に直結します。
問いを生むプロセスの実装手順
問いは偶然に生まれるものではなく、学校が意図的に設計した学習プロセスの中で生成されます。ここでは、学習指導要領解説と令和5年の展開資料をもとに、現場で実装可能な問い生成のステップを整理します。
1. 実社会との接点をつくる
生徒が自ら問いを見いだすためには、まず「外の世界」に触れる経験が欠かせません。地域の課題や社会の出来事に触れることで、違和感や関心が芽生えます。たとえば地域のNPOとの交流や自治体の施策を調べるといった活動は、問いの出発点を提供します。
→ 学校行事や年間計画に、地域・社会との接点を意図的に組み込むことが重要です。
2. 違和感を言語化する
問いは「なぜ?」という違和感から始まります。時間比較(昔と今の違い)、空間比較(地域間の差)、常識のズレといった観点で気づきを言語化させることで、生徒はテーマを「自分事」として捉え始めます。
3. 自分事化する
探究の出発点は「なぜ自分がそれを問うのか」を明確にすることです。たとえば「地域の高齢者支援」に関心を持った生徒なら、「自分の祖父母の体験」と関連づけて問いをつくることで、継続的な探究意欲を支えることができます。
4. 暫定問いから仮説へ
最初に出てくる問いは往々にして漠然としています。それを教師の伴走で「調査可能な形」へと整えることが必要です。たとえば「地域の観光を盛り上げたい」という思いを、「なぜ○○市では観光客のリピート率が低いのか」という問いに変換し、仮説を立てるところまで導きます。
5. 往還的に問いを精緻化する
問いは一度立てて終わりではなく、情報収集・分析を経て問い直しを行うことで洗練されます。探究のプロセスを「問い直すことが前提」として設計しておくことで、生徒はより質の高い課題設定に到達します。教師はこの往還の痕跡を記録し、評価の証拠として活用できます。
この5つのステップを通して、問いは「外から与えられるもの」ではなく「生徒自身が発見し、育てていくもの」として位置づけられます。問いを生むプロセスを校内で共有し、指導体制に落とし込むことが、総合的な探究の時間を形骸化させない条件となります。
問いを支える技法とツール
問いを生み出す場面では、「自由に考えてごらん」と投げかけるだけでは生徒はうまく進めません。学習指導要領解説でも示されているように、問いを支えるための具体的な技法や道具を授業に組み込むことが不可欠です。ここでは、現場で活用しやすい代表的な方法を紹介します。
1. ブレインストーミング
問いの発想段階では、批判を禁じ、量を重視する発散型の思考法が有効です。ブレインストーミングの四則(批判禁止/自由奔放/量を重視/結合・改善)をルールとして示し、生徒が自由に疑問や関心を書き出す場を設定します。ここで出てくるのは「問いの種」であり、後の整理につながります。
2. KJ法(付箋クラスタリング)
ブレインストーミングで出てきた問いの種を付箋に書き出し、グループごとに分類・命名していくのがKJ法です。単なる寄せ集めではなく、意味のまとまりごとに整理することで、生徒は「自分たちが本当に追究すべき問い」を焦点化できます。教師は「命名」や「構造化」の過程を意識的に指導することが求められます。
3. 「考える技法」の導入
問いを深めるには、比較・分類・関連付けといった思考技法が欠かせません。たとえば「地域の課題」を比較したり、「課題解決の手段」を分類したりすることで、問いがより明確になり、探究活動全体の見通しが立ちやすくなります。
考える力にフォーカスして、以下の記事で解説をしています。ご覧ください!

4. 分析フレームを活用する
問いを検証可能な形に整えるためには、分析フレームの導入が効果的です。ランキング、メリット・デメリット比較、SWOT分析などの簡易なフレームを用いることで、生徒は「問いを掘り下げる視点」を獲得できます。単に疑問を並べるのではなく、「どう切り込むか」という構造的な問い直しにつながります。
5. 授業で使えるワークシート例
- 課題設定シート:①社会的出来事 ②自分との関係 ③違和感や疑問 ④暫定問い ⑤検証方法案
- 情報収集ログ:情報源・根拠・信頼性・次の問い
- 分析フレームシート:比較・分類・ランキング・SWOT など
これらを「授業で必ず使う道具」として整備しておくと、生徒は自然に問いを生み出し、問い直すことが習慣化されます。
問いは「思いつき」ではなく、技法とツールによって鍛えられるものです。校内研修でこれらの方法を共有し、全教員が一貫して活用できる体制をつくることが、探究を安定的に運営する鍵となります。
問いの質をどう評価するか
問いの生成は総合的な探究の時間の核心ですが、「良い問いとは何か」を明確にしないままでは評価が形骸化してしまいます。学習指導要領解説と令和5年資料は、問いの評価を目標に準拠した評価として扱うことを強調しています。ここでは、その具体的な観点・規準・方法を整理します。
1. 観点と規準の明確化
問いの質を測る評価は、三つの柱の観点と直結させることが重要です。例として次のように整理できます。
- 知識・技能:社会的・学問的背景を理解し、課題設定に必要な基礎知識を活用しているか。
- 思考・判断・表現:問いが妥当であり、検証可能な形に表現されているか。
- 学びに向かう力・人間性等:自分事として問いを立て、協働の中で問いを磨こうとしているか。
このように観点と問いの質を結び付けることで、評価が「テーマの面白さ」に流れることを防ぎます。
2. 方法の工夫
問いの質は一度の観察では測れません。したがって、複数の方法を組み合わせることが推奨されます。
- パフォーマンス評価:発表や討論の場面で問いが明確かを観察。
- ポートフォリオ評価:ワークシートや情報収集ログに記録された問いの変遷を蓄積。
- 自己評価・相互評価:生徒自身や仲間の視点で「問い直しの痕跡」を捉える。
特にポートフォリオの活用は、問いの往還的な精緻化を可視化する有効な方法です。
3. 証拠の具体例
問いの質を裏付ける証拠は次のように収集できます。
- 課題設定シート(初期の問いと修正版)
- 情報収集ログ(問いに基づいた調査計画の痕跡)
- 発表スライド(問いの明確さと論証の構造)
- 振り返り記録(問い直しの意識化)
これらの証拠を観点別に整理しておくことで、評価の透明性が高まり、生徒へのフィードバックも具体的になります。
評価の目的は「良い/悪い」をラベル付けすることではなく、生徒が問いを問い直す力を支えることにあります。問いの質を評価に位置づけることで、探究の過程そのものが学びの場となり、総探の本質的な意義が実現されます。
年間・単元・授業への展開
問いを育てることは、単発の授業技法にとどまりません。年間の設計から単元計画、さらには1コマの授業運営までを「問い」を核に据えて構築することで、探究は全体として持続力と一貫性を持ちます。
1. 年間計画:実社会との接点を組み込む
年間を見通して「生徒が外の世界と出会う機会」を配置することが必要です。地域行事、企業・行政の講話、フィールドワークなどを時期に応じて設定すると、問いが自然に生まれる場面が保証されます。例えば、1学期に地域の課題に触れる機会を設け、2学期以降にその課題を深める問いへとつなげる設計が効果的です。
2. 単元計画:目標・課題・活動・評価を一体化
単元レベルでは「目標→探究課題→学習活動→評価規準」を一体的に設計することが求められます。問いを中心に据え、活動(収集・分析・表現)と評価を連動させることで、生徒の探究は目的を見失わずに進行します。誤解しやすいのは「発表会の準備=探究活動」になってしまうケースです。発表は問いを検証した成果を表現する一部であり、過程を軽視しない設計が不可欠です。
3. 授業運営:違和感の創出から問い直しへ
1コマの授業運営では、以下の流れが基本になります。
- 導入:社会的出来事やデータを提示し、違和感を喚起する。
- 協働:ブレインストーミングやKJ法で問いを発散・整理する。
- 個別最適:自分事化の観点から問いを修正・焦点化する。
- 振り返り:問いを次の収集・分析計画へつなげる。
このサイクルを繰り返すことで、生徒は「問いを立て直す力」を身につけます。授業設計にこの往還の仕組みを組み込むことが、総探の継続的な質を担保します。
年間から単元、そして授業へと「問い」を軸にした構造を通すことは、校内の共通理解にもつながります。主任層がこの視点をカリキュラム全体に反映させることで、総合的な探究の時間は単発的な活動から教育課程の中核へと位置づけられます。
校内体制と外部連携で支える「問い」
良い問いを育てるためには、授業内での工夫だけでは不十分です。学校全体の体制や外部資源との関係づくりが、生徒一人ひとりの探究を支える基盤となります。探究主任や教務主任は、以下の観点を押さえて体制設計に取り組むことが求められます。
1. 校内体制の整理
探究は特定の担当教員に依存すると持続しません。教務部、進路指導部、司書教諭などが役割を分担し、「問いを生むプロセス」を校内で一貫して支援できる体制を構築する必要があります。たとえば、司書は情報収集支援、進路指導部はキャリアとの接続、教務部は時数・単位の調整を担うといった分業です。
また、推進の中心となる探究コーディネーター(主任クラス)が「問いをどう育てるか」を校内研修で共有し、教員全体に理解を広げることが実効性を高めます。
2. 外部資源との連携
良い問いは、教室の中だけでは生まれにくいものです。地域や社会の多様な人々と接点を持つことで、生徒は「自分たちだけでは見えない視点」に気づきます。外部との連携にあたっては、以下の条件を確認しておくと効果的です。
- 必要感:学校の教育目標や生徒の課題と直結しているか。
- 互恵性:学校側だけでなく、地域や外部機関にもメリットがあるか。
- 持続可能性:単発イベントで終わらず、継続的に関係を築けるか。
たとえば、地元自治体との協定やNPO・企業との協働プロジェクトは、生徒にとって「社会と自己の接点」を実感できる場となり、問いの精度を高める機会になります。
3. 管理職の意思決定ポイント
管理職に求められるのは、体制づくりのリーダーシップです。特に次の3点は意思決定の要となります。
- 校内分担の明確化:探究を誰が、どの部署が支えるかを明示する。
- 研修と共有:問いを育てる方法を全教員で共有し、校内文化として根付かせる。
- 外部連携の選別:教育効果と持続可能性を見極め、形だけの「地域連携」に陥らない。
問いを生む文化は、授業内だけでなく、校内体制と外部連携によって広がりを持ちます。管理職と主任層が協働し、問いを支える環境をデザインすることこそが、総合的な探究の時間を教育課程の中核に据えるための条件です。
結論:問い直す力が未来を拓く
総合的な探究の時間は、知識の暗記や単発の発表会ではなく、「問い直す力」を育むための教育課程です。問いを立て、調べ、再び問い直す往還のプロセスこそが、生徒の自律的な学びを保証します。
本稿で整理してきたように、問いの質を育てるためには以下の要件が不可欠です。
- 制度的根拠の理解:学習指導要領が「自己と社会の接点から問いを立てる」ことを明確に求めていること。
- 技法とツールの活用:ブレインストーミングやKJ法、分析フレームを導入して生徒が問いを形にできるようにすること。
- 評価の仕組み化:問いの妥当性・検証可能性を観点に組み込み、過程の評価を重視すること。
- 校内体制と外部連携:全教員で問いを支える仕組みを整え、地域や社会と接点を持たせること。
探究主任・教務主任の役割は、これらをつなぎ合わせ、学校全体に「問いを育てる文化」を定着させることです。生徒が主体的に問いを立て直し続ける姿勢を身につけることが、未知の社会に対応できる資質・能力を育む確かな道となります。
「問い直す力」は、単なる授業技術ではなく、未来を切り拓く力です。校内の仕組みと教育課程全体を通して、その力をどう育むかが、総合的な探究の時間の成功を左右します。
次の一歩に向けて
本記事を読まれた先生方におすすめしたいのは、まず「小さな実践」から始めることです。
- 校内研修で共有:「問いの質をどう育てるか」をテーマに次回の研修で意見交換をしてみてください。
- 授業で試す:次の総探授業で「課題設定シート」を活用し、生徒の問いがどのように変化するか観察してみましょう。
- 体制を見直す:管理職・主任層の方は、教務・進路・司書の分担を整理し「問いを支える仕組み」が校内にあるか点検してみてください。
一歩を踏み出すことで、校内に「問いを育てる文化」を広げることができます。
出典
高等学校学習指導要領解説 総合的な探究の時間編
文部科学省『今、求められる力を高める総合的な探究の時間の展開』
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