探究テーマが決まらない現場の声
「探究テーマをどう決めればいいのか分からない」──これは、多くの高校現場で聞かれる共通の声です。特に総合的な探究の時間が本格導入された近年、教員たちは新しい指導方法と向き合う中で、テーマ設定の壁に直面しています。
文部科学省が2023年に実施した調査によれば、全国の高校教員のうち実に62.4%が「生徒のテーマ設定支援に課題を感じている」と回答しています。例えば「生徒が興味あることがバラバラで指導しづらい」「関心があっても、深め方が分からないまま終わってしまう」といった悩みが多数寄せられています。
また、探究活動のスタート地点が曖昧なまま進んでしまうことで、学びが「なんとなく調べるだけ」で終わってしまう例も少なくありません。テーマが具体的でないと、リサーチも浅くなり、成果物も形だけのレポートになってしまうのです。
このような背景から、「テーマ設定」こそが探究学習の成否を分けるカギであると言えます。生徒の興味と社会課題をどう接続するか、教員がどのように関わるべきか──この記事では、こうした問いに向き合いながら、現場で実践できるテーマ設定の視点と手法を紹介していきます。
なぜ「テーマ設定」がつまずきやすいのか?
探究学習において、テーマ設定が「最初の難関」となる理由は大きく3つあります。
1. 生徒の「関心」と「学び」がつながらない
多くの生徒は「好きなこと」や「興味あること」は話せても、それを学びや社会課題につなげる経験が乏しいままです。例えば「ゲームが好き」「ペットが好き」といった関心はあっても、それを問いに変える方法を知らないため、「調べ学習」止まりになりがちです。
この背景には、これまでの学びが「正解のある問題」を解く形式であったことが影響しています。探究では「問いを立てる」「自分なりの仮説を持つ」といった姿勢が求められますが、それに慣れていない生徒にとっては大きな転換になります。
2. 教員側が「正解を導こう」としてしまう
一方、教員自身も「テーマはこうあるべき」という意識が強すぎると、生徒の自由な発想を受け止めづらくなります。「これでは学びにつながらないのでは?」「評価しづらいのでは?」といった懸念が先に立ち、生徒が自分で考える余白を奪ってしまうケースも少なくありません。
特に新任や異動してきた教員ほど、「探究の型」に迷いやすく、テーマを決める段階で介入しすぎてしまう傾向があります。その結果、画一的で無難なテーマが並び、生徒の主体性が育ちにくくなるという悪循環に陥ります。
3. 時間・リソースの制約
最後に、現場の物理的な制約も大きな要因です。1コマあたりの探究時間が短い、他教科の指導との両立が難しい、地域資源や外部協力者との連携が不十分──こうした状況下で、生徒が試行錯誤する余裕を持たせるのは簡単ではありません。
つまり、「探究的なテーマ設定には時間がかかる」「すぐには形にならない」という前提を、学校全体で共有しておく必要があるのです。
このように、テーマ設定は生徒・教員・環境の3方向から課題が生まれやすい領域です。だからこそ、次のセクションでは「どんな視点でテーマを捉えればよいのか」をシンプルな原則にしてお伝えします。
探究テーマの3原則
テーマ設定をスムーズにし、深い学びへとつなげるためには、「問いの質」を上げる視点が欠かせません。ここでは、実際の学校現場で機能している3つの原則を紹介します。これは生徒の自由な発想を尊重しながら、探究としての筋道を持たせるシンプルな指針です。
1. 「問い」から始める
多くの生徒は「◯◯について調べたい」という形でスタートしがちです。しかしこれは、情報収集にすぎず、探究にはなりません。重要なのは、疑問文で始まる問い(Question)を立てること。
例えば、
- ×「地元の観光地について調べたい」
- ○「なぜ地元の観光地は若者に人気がないのか?」
この違いは、学習の深さに直結します。「問い」は仮説→調査→分析→提案という流れを生み出す起点となるため、最初に時間をかける価値があります。
2. ローカル×パーソナル視点を重視する
探究がうまく進まないケースでは、「社会課題」や「ニュース」など、遠くて抽象的なテーマに飛びついてしまっていることが多くあります。しかし、実感のないテーマでは、深掘りに限界があります。
そこで鍵になるのが、生徒自身の体験や日常(パーソナル)と、地域・社会の文脈(ローカル)を掛け合わせる視点です。
例えば、
- 「学校の食堂メニューが偏っている」という日常の不満
- 「食品ロス」や「栄養バランス」といった社会課題
この2つをつなげれば、「なぜ学校食堂では持続可能なメニューが少ないのか?」という問いが生まれ、学びの射程が広がります。
3. 変化可能性(Actionability)を含める
探究学習は「考えて終わり」ではなく、「現実世界とつながること」に価値があります。そのためには、問いが実際に行動につながる(または提案が可能な)性質を持っているかを確認しましょう。
- 「現状を調べたあと、自分にできることは何か?」
- 「この問いから誰に何を伝えたいか?」
こうした視点を持つことで、探究が生徒自身の問題として腹落ちし、モチベーションが格段に上がります。最終成果がレポートや発表だけでなく、「行動」や「提言」になるよう意識することが大切です。
以上の3原則は、複雑なテーマ設定をシンプルに整理するフレームワークとして活用できます。次章では、これらの原則を実践に落とし込むための「テーマ選定のステップ」を具体的に紹介していきます。
現場で使える!テーマ選定のステップ
前章でご紹介した「探究テーマの3原則」を、実際の指導にどう落とし込めばよいのでしょうか。ここでは、生徒が自然と“探究的な問い”にたどり着けるように設計された3つのステップをご紹介します。すべて、学校現場で実践・改善されてきた手法です。
ステップ①:関心ワードを可視化するワーク
探究の出発点は「その生徒が何に興味を持っているか」を掘り起こすこと。多くの生徒は「好きなことはあるけど、うまく言葉にできない」状態です。
そこでおすすめなのが、キーワードの「棚卸しワーク」です。
- 方法:
- A4紙を用意し、中心に自分の名前を書く
- 周囲に「好きなこと」「最近気になること」「困っていること」などを自由に書き出す(付箋やマンダラートも可)
- 似ているワードをグルーピングし、共通点や違いを言葉にする
この時、教員はコメントせず、「否定しない」「正解を探さない」姿勢が大切です。まずは量を出すことに集中させましょう。
ステップ②:問いを深掘るファシリテーション例
キーワードが出そろったら、それをもとに「問い」に変換していきます。ここで重要なのが、問いを作る過程を生徒と一緒にたどることです。
- ファシリテーターの問いかけ例:
- 「なぜそれが好きなの?」
- 「誰にとっての問題だろう?」
- 「それって他の人にも当てはまる?」
- 「何かと組み合わせると、面白くなる?」
例えば、「夜コンビニに行くのが好き」という関心からスタートした生徒に対して、 →「なんで夜なの?」「昼とは何が違う?」
→「誰にとって便利?逆に困る人は?」
と掘り下げることで、
「なぜ深夜のコンビニには高齢者が来ないのか?」
という社会的な問いへと進化する可能性があります。
ステップ③:社会と接続するテーマへの落とし込み
問いが立ったら、それが「社会につながるテーマかどうか」を確認します。具体的には:
- 地域や行政の動きと関連づける
- 学校の課題や周囲の環境と接続する
- 企業・NPO・メディアと結びつける
たとえば「なぜ校内の落とし物が多いのか?」という身近な問いも、 → 学校の掲示物設計、校則運用、忘れ物対策などに結びつきます。
→ さらに、地域の防災対策や情報発信の設計との共通点を見出すことで、テーマがぐっと社会的になります。
この段階では、外部との接点(インタビュー・現地調査・フィールドワーク)を設けることが効果的です。教員が橋渡し役となることで、生徒の探究は一気に現実味を帯びます。
この3ステップを踏むことで、生徒は「なんとなく好き」なことから出発しながらも、学びとして成立する探究テーマへと自力でたどり着くことが可能になります。
教員がすべき「誘導」ではなく「支援」
探究学習における教員の役割は、「正しい答え」に導くことではありません。むしろ、生徒が自分の問いと向き合い、深め、形にしていくプロセスを支える伴走者であることが求められます。
しかし、実際の現場では「このテーマで本当に大丈夫だろうか?」「学習指導要領に合っているのか?」といった不安もつきまといます。そんなときこそ、焦らず、「問いを立てること自体が学びである」ことを信じて、見守る姿勢が大切です。
生徒が最初に出す問いは、未成熟で、抽象的で、曖昧かもしれません。でも、それを否定せず、「なぜそう思ったの?」「それって誰の視点?」と問い返すことで、探究の火は少しずつ育ちます。
つまり、教員がすべきなのは、答えを「教える」のではなく、問いを「育てる」こと。思考を止めない問いかけを繰り返すことこそが、最大の支援なのです。
これからの時代に求められる力──自分の問いを持ち、情報を集め、考え、表現し、社会とつながる力──を育てるために、まずは「テーマをどう決めるか」という最初の一歩から、伴走していきましょう。
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