旭川市が抱える地域課題と、若者がまちと出会う「きっかけ」の不足
人口減少と若年層の流出
北海道のほぼ中央に位置する旭川市。人口約32万人を擁する道北の中核都市であり、医療、文化、教育、商業などあらゆる都市機能がバランス良く整った、道内有数の拠点都市です。周囲には農業地帯が広がり、観光・自然資源にも恵まれており、本来であれば「地方都市の理想形」と言っても過言ではない環境が整っています。
しかし、現実はその理想に追いついていません。旭川市では、ここ数十年で着実に人口が減少しています。特に顕著なのが、高校卒業後の進学や就職を機に市外へ流出する若年層です。その多くが札幌圏や首都圏へと移り住み、そのまま地元に戻らないという傾向が強まっています。
つまり、旭川市にとっての人口減少は「高齢化」だけでなく、「若者離れ」という側面を持つ構造的な問題なのです。
地域資源の魅力と“若者の無関心”のギャップ
旭川には、他の地域に誇れる独自の資源が多く存在します。世界的にも有名な旭山動物園をはじめ、国際的評価を受ける旭川家具、地域産品として注目を集めるワインやクラフトビール、そして冬の観光資源。さらに、美瑛町や東川町といった隣接地域との連携による広域観光の可能性も含めれば、観光・食・文化の交差点としての価値は非常に高いといえるでしょう。
にもかかわらず、それらを「自分ごと」として捉えている若者はごくわずかです。彼らにとって、旭川の魅力は日常の風景であり、深く関わる対象にはなっていません。地域資源の価値が、次世代に“継承されるべきもの”として認識されていないことこそが、将来的な地域力の低下を招きかねない危機なのです。
教育と地域の接点は“点”にとどまっている
もちろん、こうした状況に対して、すでに高校と地域の連携は始まっています。市内の高校では、地域の農業や観光をテーマにした体験型授業や、特産品の開発プロジェクトなどが行われており、地域をフィールドにした学びの試みは確実に広がっています。
しかし、その多くは一部の学校・一部の教員による“点”の取り組みにとどまっているのが現状です。全校的な制度として定着しているケースは少なく、また行政との連携も単発的で、事業の継続性という点でも課題が残ります。結果として、若者が「地域の未来を自分が担うもの」として意識するには至っていません。
若者と地域をつなぐ“きっかけ”のデザインが必要
本来であれば、旭川の高校生たちは自らの暮らす地域について、もっと誇りを持っていいはずです。そこには豊かな自然、挑戦する大人たち、多様な価値を持つ仕事や文化があります。しかし、それに気づく機会がなければ、彼らは地域に興味を持つことすらできません。
だからこそ、若者が地域と出会う「きっかけ」をつくる仕組みが不可欠です。自ら問いを立て、調査・分析し、自分なりの視点で地域に提案する——。そうした能動的な学びこそが、若者と地域との関係を“実感のある関係性”へと変えていきます。
その中核を担うのが、次章で詳しく紹介する「探究学習」や「起業家教育」といった、まったく新しい教育のアプローチです。
なぜ探究学習・起業家教育が地方創生に直結するのか?その本質とは
教育が地域を変えるという視点
「教育は教育、まちづくりはまちづくり」。
かつては、そうした分業的な発想が当たり前とされてきました。しかし、人口減少と社会構造の変化が進む今、こうした“縦割り思考”では地域の未来を描くことは困難です。
地域を支える主役は、最終的には「人」です。
そして、その人材を育てる基盤こそが、学校教育の現場です。
つまり——教育のあり方は、地域社会のあり方そのものを規定する。
これが、いま全国の自治体が「探究学習」「起業家教育」に注目する根本的な理由です。
探究学習がもたらすのは“課題発見・提案型人材”の育成
従来の知識詰め込み型学習とは異なり、探究学習では生徒自らが「問い」を立て、調査・検証・提案・実行までを主体的に進めていきます。
そこでは正解のある問いよりも、「どうすれば地域が良くなるのか」「この産業を未来に残すには?」といった答えのない問いに取り組む力が養われていきます。
これは、単なる“学力”ではなく、地域や社会と向き合うための「構想力」「共創力」です。
この力を持った若者が育つことは、地域にとって次のような具体的な価値をもたらします:
- 地域課題に対する新たな視点・切り口が生まれる
- 世代を超えて共創できる対話の場が生まれる
- 若者の存在そのものが地域の希望・象徴となる
探究学習は、単に“学びの深化”にとどまらず、地域に新しい思考とエネルギーを持ち込む装置として機能するのです。
起業家教育は「地域に仕事をつくる」発想を生む
さらに、近年広がりを見せているのが「起業家教育」です。
これはビジネスを教えるというよりも、「ゼロから価値を生み出す体験」を通じて、創造性・主体性・社会性を育むことを目的とした教育プログラムです。
たとえば、旭川市内で見られるような“空き店舗”“使われていない観光資源”“未発掘の地域資産”——
これらを題材にした起業的探究は、生徒たちに「地域にはまだ可能性がある」「自分のアイデアで形にできる」という感覚をもたらします。
ここで重要なのは、起業=独立開業ではないという点です。
むしろ、地域の中で価値を見つけ、仲間と共に新しい仕組みをつくること——これこそが、今求められる「地域起業家型人材」の素地になります。
こうした教育を受けた若者は、将来的に:
- 地域内の企業・NPOの次世代担い手になる
- 自ら小商いを立ち上げるスモールビジネスの起点になる
- 地元資源を活用した観光やPRの担い手になる
つまり、地域に“仕事そのもの”をつくるマインドが芽生えていくのです。
なぜ自治体にとって不可欠な取り組みなのか?
「教育を変えても、地域経済はすぐには変わらない」という意見もあるかもしれません。
しかし、地域に根を張る若者が育たなければ、10年後のまちは確実に縮小していきます。
探究・起業家教育は、その“根”を育てる最前線です。
そして、自治体はその取り組みに最も自然に関われるプレイヤーでもあります。
- 教育委員会との接点を持ち、制度設計や予算づけができる
- 地域事業者・団体を巻き込み、協働の土壌を整備できる
- 成果を市民や議会に示し、次の政策へつなげることができる
言い換えれば、探究学習は“地域を巻き込む公共プラットフォーム”なのです。
そしてそれは、旭川市のような多様な資源を持つ都市にこそ、最適な導入余地があります。
実践事例:全国の探究学習・起業家教育の取り組み
富山県滑川市立寺家小学校:「寺家っこまつり」で育む起業家精神
富山県滑川市立寺家小学校の5年生は、総合的な学習の時間に「起業家教育」の一環として、児童が主体的に考えてお店(射的や駄菓子店など)を出店する「寺家っこまつり」を開催しました。
まずは、地域の方々がどのような仕事で生計を立てているか調べるところからスタート。地域の事業者がアドバイザーとして児童を支えながら、仕入れ・値段決め・宣伝まで全て子供たちが行い、思い思いの商売を形にします。
普段は消費者の立場でお店の商売を見ていた子供たちが、いざ売り手側に立って「もの」や「こと」を売る仕事に従事してみると、新たな気付きを得るとともに、相手に喜びを与えることで自分の心も温かく豊かになる貴重な経験をしたようです。
誰かが誰かを支えていることで成り立っている社会の一員として、将来自分らしく働く芽が育つ取り組みと言えます。
青森県立青森商業高等学校:地域課題に挑むプロジェクト型学習
青森県立青森商業高等学校では、プロジェクト型学習を校内に広めるため、課題探究部の設立を提案。地域の課題をテーマにした探究活動を通じて、生徒たちは地域社会とのつながりを深め、実践的な学びを得ています。
東京都三鷹市立第四小学校:地域との連携から始まったアントレプレナーシップ教育
東京都三鷹市立第四小学校では、地域に開かれた学校づくりを進める中で、アントレプレナーシップ教育を導入。地域住民が学校運営に参加できる仕組みを作り、多彩な教育活動を手掛けています。
この取り組みは、子どもたちの自主自立を育むための教育として注目され、地域との連携を通じて、実社会での課題解決能力や創造性を養うことを目的としています。
群馬県南牧村立南牧小学校:森林と災害をテーマにした探究学習
群馬県南牧村立南牧小学校では、STEAM CHAOS「森林の国ニッポン」を活用して、山間部・少人数制の学校における森林・災害の探究に多角的な視点を取り入れました。
地域の産業・文化をテーマにした探究学習コンテンツと地域アセットをかけあわせた探究学習を実践することで、自分たちの地域をより深く探究する力や、他の地域と学び合う力を育んでいます。
MoonJapanの「MoonShot」プログラム:全国の小中高生に「0→1を生む」体験を提供
株式会社MoonJapanが提供するソーシャルアントレプレナーシップ体験プログラム「MoonShot」は、全国の小中高の探究学習で生徒が主体的に学び、社会課題解決に取り組むことができることを目指して構築された教育プラットフォームです。
課題の発見、その探究と調査、その成果を情報に落とし込むこと、最後に外部発信すること。探究のプロジェクトを分解すると、起業家が取り組む0→1のプロセスとそっくりであり、起業家精神を育む教育として注目されています。
前編はここまでにしたいと思います。後編では「『自治体が連携・主導すべき理由』を、3つの観点から説明」、「ツクルヒトの支援スキーム:包括連携による地域探究モデルの構築」等を解説していきたいと思います!
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